ソロモンの指輪
- まぐろ 櫛野
- 2月12日
- 読了時間: 6分
ミケと、ある人物の話。
※「ある人物」の視点で書かれた短編です。
※具体的な描写はありませんが、概念やジャンルで言うとクロスオーバーの一種です。クロスオーバー先の特定および関連コメントはお控えください。
* * *
「なあ、今ちょっといいか」
「うお、びっくりした」
突然話しかけてきたのは、オレがここに来るより前から居たという天使の男。普段よりかっちりした服を着ているから、恐らく『仕事』の話があるのだろう。
「別に構いませんけど、天使サマがオレに用事なんて……珍しいっすね」
どういう仕組みかは分からないが、オレが居る時は男は声を出せないようだったから、こうして声をかけられたのは心底驚いた。その上、普段から男の姉に「お前もいずれ"喰う"からな」と圧力をかけられていたので、彼がひとりで話しかけてくるなどレアケース中のレアケースだった。
「まあな。せっかくイヴが気づいたから、忘れないうちにやっておきたかったんだ。──ほら」
「っ?!」
そう言うと、男はこちらに何かを軽く放って渡してきた。慌ててそれを受け止める。
「これ……指輪?」
掴んだ手を開くと、小さな──とはいえサイズはメンズ相当の、ゴールドの指輪が現れた。全体的に太めのデザインで、表には緋色の石が埋め込まれている。
普段の自分ならば、あまり積極的に選ぶようなデザインではない。別に嫌いなわけでもないが、シルバーの方が好みなのだ。
「……まさか、オレのために選んできたんですか?」
「その方が良かったか?」
「なんだ、違うのかよ」
正直、少し安心した。大して親しくもない男同士で指輪をわざわざ選んで贈るとか、いくら仕事仲間でもちょっと引く。
「でも、じゃあなんでいきなり……」
「……さっきイヴが話してたこと、覚えてるか?」
「? ああ、なんかナントカ王ってやつの……」
「ソロモン、だな」
「あーそうそれ、それですそれ」
これは、イヴ──もとい、櫛野がさっきまで笑っていた話だった。なんでも、オレが多めに指輪を嵌めていた時の衣装を見て「ソロモン王みたい」とツボに入ってしまったらしい。
オレはそのソロモンとやらについては全く知らないが、櫛野が詳しいということは恐らく魔法か何かに関係しているのだろうという想像はつく。
「これは、ソロモンがつけていた指輪のレプリカだ。本物はどこにあるんだか俺も知らんが、俺と同じ部隊の天使はみんな持ってる」
「へー……王ってつく割には量産品なんスね」
思わず苦笑を浮かべつつ、石を夕陽に翳してみる。元からオレンジの混ざった赤だからか、陽に翳すとその色がより映える気がした。
自分に似合うかはともかく、悪くないデザインだ。
「確かに量産品だが、天使の所持品だ。その中にはそれなりの力がこもっている」
「へえ。じゃ、霊感とかあるヤツが見たらなんか分かるんスかね」
「分かるだろうな。多分イヴも分かる。──さて」
軽いノリで話していたのに、突然空気が冷たくなる。
男の真剣な空気に、思わずこちらも息を呑む。
「その指輪を、お前に預けようと思う。その意味が、お前にはわかるか?」
「……?」
さっきも言ったが、オレは魔法だのおまじないだのには全く明るくない。別に王になったわけでもないのに、王の指輪を預けられるのはマジで意味が分からない。
「ここ最近、俺よりお前がイヴについてまわることが多いだろ」
「あー……? それは確かにそうですけど……」
最近の彼女はめっきりオレに夢中になっている。なんでも、オレの歌っている姿と歌声を聴いてから、あまりにも強く心を動かされたらしい。そこまで言ってもらえるなんて、歌い手冥利に尽きるというものだ。
しかし、彼女が指輪とどう関係するのか。
「あいつはな、一度ハマったら三年は続くぞ」
「……はい?」
今なんつった? 三年? 何が?
「間違いない、一度ハマったら三年続くと言った。つまりお前も、あと短くとも三年はここに居ることになる……というわけだ」
「おい、マジで言ってんのか? 三年って中学卒業できるくらいの長さだぞ?」
「お前の夢は何年かけて叶えた?」
「あー……三年ちょっとっスね……」
「ほれ見ろ、人のこと言えないんだよお前は」
返す言葉が見当たらない。彼を直視するのも憚られるが、視線の端でちらりと見ると、彼はどこか切ない表情をしていた。寂しそうな、しかし嬉しそうな。
「ま、とにかく……お前が出てる時は俺も出られないだろ? つまりあと三年は俺の存在も、力も、控えめになるはずだ」
「あ……」
少し理解してきた。彼が頼みたいのは、恐らく。
「つまりこれから三年間、この指輪の力を使って櫛野を守れ……って事ですかね」
「相変わらず飲み込みが早いな」
少し離れたところにいた彼が、少しこちらに近づく。そして、指輪を持つオレの手にその手をふわりと重ねた。
「さっきも話したが、その指輪には量産品であろうとも確かに力が宿っている。お前が念じれば、大抵の物事は良い方向へ向かうだろう」
「……はは、なんすかそれ」
そんな魔法みたいなこと、あるわけ──
「あるんだよ、魔法が」
彼が、オレの胸を拳で軽く叩く。
「お前の炎っていう、確かな魔法があるんだよ」
「オレの、炎……」
確かに、櫛野は何度も話していた。「あなたに出会ってから、炎が灯ったみたいなの」と。
「お前は、恐らく俺の一部から生まれた存在だ。即ち、時が過ぎてイヴの熱が冷めたら、お前は俺に吸収される。姉ちゃんが言う『喰う』ってやつだな」
姉ちゃんなんかもう3人くらい『喰ってる』ぞ、と彼は添える。彼もきっと、他の誰かを『喰った』ことがあるのだろう。そしてオレも、いつか。
「だから、お前が俺に『喰われる』日まで──お前が、俺の仕事を引き継げ。イヴを正しい道へ導いて、その炎で、熱で、照らし続けろ」
男の目は、人の域を超えた熱意と光を湛えていた。その熱が、光が、どれほど本気の望みなのかを物語っている。
──本気で向き合うヤツは、好きだ。オレからも本気でぶつかろうと、そう思えるから。
「……ったよ」
「?」
「分かったよ、オレがお前の代わりにアイツを導く。その代わり、どこに辿り着こうが文句言うんじゃねえぞ?」
思わず不敵な笑みが零れる。男は一瞬目を見開いた後、鏡に写したようにニヤリと笑った。
「ハッ、どうせお前の死に場所探しだ。行けるもんならどこでも行きやがれ」
「それはどうだろうな」
「は? どういう意味だよ」
困惑する男の手首を掴み返して、少し屈んで見上げてやる。こいつ意外とチビだよな、と改めて思う。
「三年後、オレがお前に『喰われる』か、お前がオレに『喰われる』か……まだ決まった訳じゃねえからな」
どちらかがどちらかに喰われて消えるなら、オレがこいつを喰らったって何も問題は無いはずだ。
せっかく生まれた命、そう易々と明け渡してたまるかよ。
「……やっぱお前に任せて正解だな」
「そりゃどーも」
手を離して、左手の人差し指に指輪を嵌める。ゴールドは似合わないとばかり思っていたが、案外肌の色と馴染んで自然に見えた。
「お前、金も似合うな。来世で天使やるか?」
「さあな。そもそも天国行ける保証もねえしよ」
夕陽はとうに沈んでいた。しかし、世界から太陽が消えたわけではない。夜になれば月を照らし、また朝になれば日は昇る。
オレも、こいつも、きっと似たようなことだ。どちらかが喰われたとて、完全に消えるわけじゃない。
それなら、せめてその日が来るまで。
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