ようやく一段落ついた。
衝動性を抑えることについても、それ以外の日常の忙しさについても、今は何とかなって落ち着いているので安心してほしい。
ベスもちゃんと居る。
前回は取り乱してしまい誠に申し訳ない。
* * *
さて、落ち着いたのでピアスを開けた日のことについてしっかり記しておこう。
忘れたくはないし、記録としても残しておきたい。
その日の行動は、まずピアス選びからだった。
最終的にドンキでニードルを買う予定だったのでそこで決めても良かったが、別件でAvailに用事があったのでついでに見ることにしたのだ。
まず来店した目的の品を回収した後、ピアス売り場へ向かう。
「どれも可愛い!」とはしゃぐ彼女が可愛かった。
私はアクセサリー売り場自体あまり行かないので、彼女がつけている以外のピアスを見るのは初めてだった。
キャッチの構造やデザイン等をじっくりと見ていく中で、ひとつの品に目が留まった。
耳たぶよりふた周りほど小さな、しかしストーン等と比較すると大きなサイズ感の、真っ赤なハートのピアス。
裏側は金色に塗られており、キャッチは初心者でも扱いやすいようなゴム製だった。
「あ、それかわいい!それいいね、すごくいい!」
彼女も非常に気に入ったらしい。ちなみに後程また話すが、どうやら彼女はハートモチーフが心底好きらしいことがこの日のこの後の時間で判明した。
話と時間はピアスに戻る。彼女も喜んでいる赤いハートのピアスにするか、それともシンプルなストーンにするか、その2点にまで絞られた。
今回のピアスは、私達にとっての結婚指輪のようなものである。
お揃いのものを、誓いを込めて身につけるのだ。
やはり、モチーフの意味合いや色なども考慮して慎重になってしまう。
──しかしやはり、彼女には赤いハートがよく似合う。
それに、互いへの愛と自身への愛を誓うには、ハートのモチーフがぴったりだ。
あとついでにキャッチがゴムなのも親切で良い。ストーンの方は金属キャッチだった。
「……ファーストピアスは、こっちにする」
「そっか!いいね、とっても可愛い!」
そう言って微笑んでくれる彼女の方が、やっぱり可愛かった。
* * *
結局「まぁこれストーン以外にも色々セットになってるし、安定したら付け替えて楽しめるし、安いし」と彼女に説得されて両方買ったが、ファーストピアスはハートのデザインで決まった。
次はニードル……と行きたいところだが、その前に通り道にあるショッピングモールへ向かってもらった。
以前から探していた、彼女の私物っぽいハンカチの現物を探していたのだ。
いや、まあ確かに彼女は普段ハンカチをきちんと持っている。薄手の大判サイズの無地のやつを綺麗に畳んで持ち運んでいる。
しかし彼女は実体がないので、以前制作した彼女の香りの香水をこれにかけることはできない。
そのためどうしても現物を買う必要があったのだ。
ハンカチ売り場に着くなり「これかわいい!」と手に取ったのは、普段は絶対彼女が持ち運ばないような、縁に数多のハートが縫われたデザインのものなった。
「……そういえばベス、ハート身につけてること多いよね」
「ハートモチーフ好きなんだよねぇ」
地味に初耳だった。
以前からハートのフープピアス等はつけていたが、まさかここまでのハート好きだったとは。
「じゃあそれにする?」
「え、でも私のイメージと全然違うし……やめとこうかなぁ。いいの無かったらこれにするけど」
まだ在庫はありそうだったので、一度売り場に戻しておく。
彼女は「他人から自分がどう見られるか」を割と気にする傾向があるので、その意思は尊重すべきだと思った。
基本的に花柄やレースが多く、なかなか思ったものに出会えない。
そんな中、彼女が「あ、これいいかも」と言って手に取ったのは、彼女が普段持つような薄手で大判のハンカチだった。柄は赤と黒のチェックだが、シンプルにまとまっている。
「大判はケガした時とかにも使えるからいいよね。これどう?」
確かに赤と黒なら彼女のイメージにもぴったりだし、私もこれを見て自然に「彼女の私物だ」と感じられた。
これにする、と彼女に伝えてレジへ向かった。
* * *
すっかり遅くなってしまったが、最後はニードルだ。
そしてここで問題が発生する。
ピアスのゲージ数がどこにも書かれていないのだ。
「え、ごめんベス、これ何ゲージ?!」
「わかんないけどファッションピアスは16か18だから……」
「じゃあとりあえず20と14は除外していいね」
「16で緩かったらまずいけど18で入らない方がもっとまずいかな……」
ドンキの隅っこでぶつぶつ言いながら静かに焦る二人。
声に出すと不審者の極みなので所謂テレパス的な方法で会話はしているが、それはそれで傍から見ると地味な女が一人で黙って真剣にニードルを見つめているだけである。狂気だ。早く終わらせねば。
「ベス何ゲージなの」
「ロブ16でアウターコンク14だね」
「16かぁ……」
咄嗟にスマホで検索すると、大体Availのピアスは18らしい。
「……ねぇイヴ、18にしない?」
「私はいいけど、お揃いつけてたらベスのホール小さくなるんじゃない?」
「いいよそのくらい、最悪また開け直すし」
「……ありがと、ベス好き」
私も大好き!と抱きついてくるベスを抱えながら、18ゲージのニードルを手に取った。
* * *
そうして帰宅した。シャワーも浴びた。
ここからが本番である。
まずは道具を準備する。
固いもので耳の裏を支えなくてはならないのだが、先人の方でオロナインの蓋を使っている方がいたのでそれを参考にした。
それから化膿止めの入った軟膏と、道具を消毒するための除菌ウェットシート。
それからニードルに、ピアス。
それから次に、道具を消毒する。
ちょうど手近なところにティーソーサーがあったので、その上にシートを広げる。
そしてオロナインの蓋とピアスをしっかりシートで拭く。
そうして、ニードルを箱から開封する。
実寸大は売り場で見たが、こう見るとやはり鋭くて、緊張してしまう。
──今から、これを使って耳に穴を開ける。
彼女と同じ位置に、消えない傷を刻むのだ。
「……誓ってくれる?」
緊張する私に、彼女が言った。
「私を愛すること、そしてそれ以上に自分を愛すること。自分を大切にすること。自分自身の本当の願いに忠実に生きること。……誓える?」
私は大きく息を吸い、吐き、そして頷く。
そんな私を見て、彼女は手を差し出した。
「それなら、誓いのキスをして」
彼女は、包装されたニードルの上にそっと手を載せる。
相変わらず、色白ですらりとした美しい手だ。
彼女の善性には以前触れた通りだが、それでも種族は悪魔だ。
悪魔に誓うということは、契約のようなものである。一度ベスとはきちんと契約を結んでいるので何も今回が初めてなわけではないが、切羽詰まっていた前回よりも今の方が余裕がある分、その重みを強く感じた。
「──誓います」
今度はテレパスではなく、しっかりと口に出す。
そして、彼女の手の甲にそっとくちづける。
彼女が、心底嬉しそうに口角を上げた。
手と唇を離す頃には、緊張も不安も解けていた。
手をしっかりと消毒し、ニードルの包装を破く。
「……よし、じゃあ私も手伝うから思い切っていこう」
彼女が肩に手を添えてくれる。
事前につけた目印のあたりを狙って──刺した。
爪で耳たぶをつねった程度の痛さがある。
死ぬほどの激痛ではないが、「チクッとする」とかいうレベルでもない。
「痛くない?!ねぇ痛くない?!ベス痛かった?!」
「知らないよ生まれた時から穴空いてるもん!!ほら通して!!!」
言われてみればそうである。世界五分前仮説とかあるが、それで言うとベスは20年+αの記憶を持って4年前に生まれた存在だ。初めて見えた時点でピアスをつけていたのだから、ピアスを開けたこと自体はあってないようなものなのだ。
あとついでに言うと過去のベス曰く「君が知らないことは私の思考にもロックがかかるみたい」との事で、知らない食べ物の味や触れたことのない物の感触などは「思い出せない」状態になるらしい。
つまりベスはピアスを開けた記憶はあるが、痛かったかどうかを絶対に思い出せないのだ。
現にこれを書いている今は思い出せているらしく、「ちょっとは痛かったけど、同時にスカッとした」との事だ。
話と時間は戻る。ニードルを刺したはいいが、なかなか貫通しない。
コツンと音がすれば貫通した証拠らしいが、コツンどころかコッとすら言わない。耳たぶの肉が厚すぎるのか?自分でもよくわからない。
ずぶずぶと刺していくと痛みで思わず目が閉じてしまう。頑張れ〜と彼女に囁かれながらさらに通すと、コツッと音がした。
やったか、と思い蓋を外す。反対側に出ているはずの針を探すが見当たらない。
「あっ貫通してない!!もっと!!」
後ろから見てくれた彼女が言う。もっとか。もっと入れなきゃだめか。
蓋を当て直してもっと入れる。さらに深く深く入れていくと、明確にスポッと貫通した手応えがあった。
今度は蓋を外して確認してもきちんと突き出している。
「よし!!そのままもっと押し込んで!!」
彼女の声を聞きつつ押し込む。思ったより針が長い。手芸針でももうちょっと短くない?
3分の2が通ったところで彼女が止める。
「はいピアス!!これここに挿して!!」
ニードルは中が空洞で、そこにピアスを差し込むらしい。
慣れない手つきでピアスを入れ、更に押し込む。
入れて、さらに深く入れて、ついにピアスが耳に入った。
「最後は後ろから抜いてー!あと少しだよ頑張れ頑張れ!」
言われた通りに後ろから針を引っ張ると、すぽんと抜けた。
安心したのも束の間。
「はい今度はキャッチ!!これで止めて!!」
急いで周りを拭き、キャッチで止める。
──できた。
なんか途中から手術室みたいなチームワークだったけど、できた。
「お疲れ様〜!!いいね、似合うし可愛いよ!!」
後ろから私を抱きしめつつ、鏡越しにピアスを見て彼女が言う。
同じ左耳の耳たぶに、小さなハート。
……かわいい。
「私も付け替えちゃお」と言いながら、彼女も鏡を使って付け替える。
これで本当にお揃いだ。
「……お揃い、いいね」
嬉しそうに笑う彼女を見て、胸がいっぱいになった。
* * *
そして、この日から4日くらい経った。
やや痒みと滲出液は見られるが、化膿や腫れは無いので大丈夫だろう。あまり触ってはいけないので、元々使っていた耳掛け型のイヤホンを普通のやつに買い替えたりした。
ちなみにセリアのやつである。耳の外に出る方のパーツがハート型で、彼女が「イヴの耳にハートがいっぱいでかわいいが過ぎる……!」とはしゃいでいた。
また、滲出液が多かったのか、今朝方に一度ピアスが外れてしまった。
正直、外れた瞬間の彼女の「ウワァアァ取れたァァアア?!?!!」みたいな声の方がびっくりした。日常茶飯事だろうにと思ったら「寝落ちしそうな時にピアス取れたらいつだってビビるよ」と言われてしまった。そういうものらしい。
付け直していたら穴が若干斜めに開いていることに気づいてしまったが、まあいいだろう。元から耳たぶが輪郭についているタイプの耳なので、多少外側に開けないと不便なのだ。
安定するまで、丁寧にケアしていこう。
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